1日の時間を増やしても意味はない
1日の時間が、もっとあったらいいのに…
と、思うことがありますよね。
地球の自転の速度が変わらない限り、そんなことは不可能なのですが、でも実際、1日の時間が増えたところで、何も変わりません。
例えば2日で終わる仕事があったとして、1日が48時間になったら、1日で終わります。
ですがそれって作業している時間は結局、何も変わっていませんよね。
1日24時間×2で終わる=1日48時間で終わる。
1日まるまる常に働いているわけではないので、実際には違いますが、これで時間が増えたってことになるでしょうか。
なりませんよね。
そういった意味で、1日の時間を延ばしても意味がないということです。
1日の時間が増えた分だけ、寿命が減る
仮に1日48時間になったとしたら、1年間で2歳、歳をとることになります。
ということは、平均寿命が40年になってしまうので、減ったような気になるかもしれませんよね。
ポイント
時間がのびても肉体の寿命が延びたわけではありません。
ですから、結局何も変わらないのです。
肉体の寿命がある限りは、1日が何時間だろうが、どうでもいいんです。
ですから、一日の時間を増やすことに意味はありません。
そして、もしそれが普通になったとしたら、3日かかる仕事があったら、きっともっと時間があればいいのにって思うはずです。
時間はいくらあっても足りないのですから、そういう意味のないことを、思ってしまっていたのです。
よくよく考えると、「もっと時間があったらいいのに」は、変なことを言ってるんですよね。
時間を増やすなら健康でいるべき!?
その日の時間を、ただ増やしたいだけの考えでいくと、時間を増やすなら、寿命を延ばすために、安全に生活するとか、食べ物を厳選したりするしかなくなってしまいます。
安全に生活するために、事故にあわないよう、家から一歩もでないとかですね。
たとえ、そんな風に過ごせたとしても、かけですよね。
それで、寿命が長くなるのかどうかは、後になってみないと分かりません。
どう転ぶか、分かったものではないのです。
それに、何年まで生きるという前提がないと、増えたかどうかなんて分かりませんし。
ですから、時間そのものを増やそうとしても、寿命が延びないことには意味がありませんし、実際増やすことはできません。
その代わり、仕事か何かで使うはずだった時間を、別のもっとやりたいことに使う時間にする、そういった増やし方でしたら可能です。
時間を自分でつくることを考える
時間が増えれば解決するって考えではなく、2日かかる仕事を1日で終わらせるにはどうすればいいだろうって考えればいいわけです。
そうして始めて、同じ作業をしていた分の24時間を、他のことに使えるような時間が生まれるのですから、時間が増えたことになりますよね。
48時間かかる仕事 → 24時間で終わらせる。
そうすると、24時間が余ります。
この余った24時間は本来仕事で消費されて、もともとなかったはずの時間なのですから、残りの24時間を、他のことに使える時間として、増えたことになります。
もっと時間があればいいなぁではなく、他の何かやりたいことができる時間を、つくることを考えるのです。
受け身の思考停止状態(あればいいなぁ)から、能動的に考えるのです。
そうやって時間を増やすことが出来るようになります。
何のために、時間を増やしたいのかが重要
2日かかる仕事を、1日で終わらせたいがために、時間を増やしても無意味ということが分かったと思います。
本当の意味で時間を増やすなら、1日で終われるように工夫するしかありません。
その仕事に対して、使う時間が分かっているなら、1日が何時間だろうと別にどうでもよくて、そんな時間の増え方で増やしたところで、結局同じ時間を、仕事で消費してしまうのですから意味はありません。
自分の頭を使って、自分で作り出すことを考えないといけないのです。
そして、何が重要かといいますと、その生み出そうとしている時間に、何をするのかが重要になってきます。
ポイント
そのできた時間で何をしたいのか?ってことです。
ただ、何か別なことに使える時間を増やしたところで、無駄なことに浪費するのなら意味がありません。
そこのところを考えておかないと、何かを早く終わらせて時間をつくっても、結局何にもならなかったなんてことになる可能性もありますよ。
あなたは何のために、時間が欲しいのでしょうか?